「リメランス」という概念
1979年、心理学者ドロシー・テノフは500人以上へのインタビューをもとに「リメランス(limerence)」という概念を提唱した。リメランスとは、特定の相手への強烈な恋愛感情・没入状態のことだ。
「あの人のことが頭から離れない」「LINEの通知音のたびに心臓が跳ね上がる」「相手が少し冷たかっただけで一日中落ち込む」——これがリメランスの典型的な状態だ。
テノフが重要な指摘をしたのは、これが「愛」とは別の現象だということだ。リメランスは、脳内でドーパミン・ノルエピネフリンが爆発的に放出される生物学的な状態であり、通常18ヶ月〜3年で終わる。
リメランスの7つの特徴
- 侵入思考(Intrusive Thinking)
相手のことが意識しなくても頭に浮かんでくる。1日の思考の多くを占める。
- 感情の急激な変動
相手の小さな言動で天国と地獄を行き来する。
- 承認への渇望
相手が自分を好きかどうかの「証拠」を常に探している。
- 相手の美化
欠点が見えない、あるいは欠点すら魅力に見える。
- 身体症状
相手と会うときの動悸・発汗・震えなど。
- 相互性への一縷の望み
少しでも脈ありかもしれないという希望が消えない。
- 強烈な集中
他のことへの関心が薄れ、相手中心の生活になる。
脳科学から見るリメランス
神経科学者ヘレン・フィッシャーは、恋愛初期の脳をfMRIで撮影し、ドーパミン系の報酬回路が強烈に活性化していることを発見した。この状態は、コカイン中毒者の脳と非常に似た活動パターンを示す。
つまりリメランスは、ある意味で「相手への依存状態」だ。相手の存在が報酬となり、その不在が欠乏感となる。これが「会えないと苦しい」「既読スルーで不安になる」という感覚の正体だ。
フィッシャーはさらに、人間の愛を3段階に分けた。①欲求(lust):性的魅力に駆られた段階、②魅力(attraction):リメランスに相当する没入段階、③愛着(attachment):オキシトシンによる安定した絆の段階。リメランスは②の段階であり、真の愛は③へ移行したときに始まる。
リメランスが終わるとき
多くのカップルがリメランスの終わりを「冷めた」と感じて別れを選ぶ。しかし実際には、③の愛着段階に移行しただけかもしれない。問題は、私たちが②の興奮状態こそを「本物の愛」だと思い込んでいることだ。
リメランスが終わった後に残るもの——日常を共にする安心感、相手の欠点を知った上での選択、静かな喜び——こそが、フロムの言う「愛する技術」の実践の場となる。
愛着スタイルとリメランスの深い関係
不安型・執着タイプは最もリメランスに陥りやすい。「承認への渇望」が愛着不安と完全に一致するからだ。相手の反応に一喜一憂し、侵入思考が止まらない状態が長期化しやすい。
回避型・軽視タイプはリメランスを経験するが、すぐに「冷静さ」を取り戻そうとする。没入状態への居心地の悪さが、感情の抑制として現れる。
混乱型・恐れタイプは、リメランスと恐怖が同時に存在する。「好きだから近づきたい、でも傷つくから離れたい」という葛藤の中に、リメランスの「承認への渇望」が入り交じる。
安定型はリメランスを体験しながらも、それに飲み込まれにくい。没入しつつも、自分と相手を客観視する能力が保たれている。
リメランスと上手に付き合うために
- 1.「今、リメランス状態だ」と自覚する。状態に名前をつけることで、飲み込まれにくくなる。
- 2.相手への侵入思考が浮かんだら、5秒以内に別のことに注意を向ける練習をする。
- 3.リメランスが終わった後にも「この人といたいか」を考える。それが本当の問いだ。
- 4.相手に承認を求める前に、自分で自分を承認する習慣を作る。